獅子丸のモノローグ

野鳥とスバルとラーメンを綴る。

私が愛したクルマたち(14) いすゞ・FFジェミニ



 1985年。「街の遊撃手」というキャッチコピーと共に、颯爽とデビューした、いすゞ・FFジェミニ
 当時はホンダ車好きの高校生だった私だが、このCMには度肝を抜かれた。


 カタログに「FF」と大きく謳われているのは、FRの初代ジェミニが、しばらくの間併売されていたからである。






 CMは派手だったが、そのボディデザインは、けれんみなく清潔感に溢れていた。
 小さいながらも、面の張りがいい、つややかなボディ。
 初期型の角目ライトの造形は、生真面目で大らかな叔父さんのようで、実に好もしい。


 「ターボディーゼル車」がラインナップされていたのは、この当時のいすゞ車の大きな特色。


 リヤスポイラー等で武装すると、そこはかとなくスポーティ!


 忘れちゃいけないのが、この3ドアハッチバックの存在。
 「セイシェルブルー」のカラーが、目に鮮やかだ。


 テールゲートの傾斜角度や、リヤサイドウインドウの造形は、あの名車「初代ピアッツァ」を彷彿とさせる。


 このクルマ、そこはかとなくヨーロピアンで、なんともカッコいい。
 当時のいすゞのクルマは、他の国産車とはまったく違う立ち位置にあって、魅力的だった。


 4ドアセダンの、ごく短く突き出たトランクリッド。
 こういうデザインのクルマは、当時の日本車には無い、きわめて斬新な試みだった。
 当時の私には、そこがなんとも知的で、カッコよく見えた。


 モダンで、デザイナーの存在を感じさせる、そのインテリア。


 メータークラスターの左右に配されたスイッチ類は、初代ピアッツアとの血縁を感じさせる。


 モダンファニチャー感覚の「ニューテックシート」。
 クッション部分を分割ブロックで構成するという、この斬新な処理。
 「シートにかかる体の重みが、各ブロックに適度に分散されるため、特に長時間走行中、同じ姿勢をとり続けても疲れにくいというわけです」・・・とのこと。
 その効果は実際どうだったのだろうか?その後、シートにこの手のデザインを採用したクルマがほぼ皆無であることを鑑みると・・・ううむ。
 また、リヤのシートベルトは2点式でしかない。これも、時代ですネ。


 収納スペースは極めて豊富に用意されており、日常の使い勝手も悪くなさそう。




 3ドア・4ドア車双方に「分割可倒式シート」を装備。
 スキーや釣り等のレジャーに、大いに重宝したであろう。


 エンジンは3種のラインナップ。「1500ガソリン」「1500ターボディーゼル」「1500ディーゼル」である。
 特に興味を魅かれるのは、やはりターボディーゼルグロスで70psを発揮し、「60km/h定地走行燃費」は33.5km/Lとのこと。
 ちなみに、この当時。雑誌等では「60km/h定地走行燃費÷2=実用燃費」と言われていたので、リッター16km以上は走ったのだろうと推測される。


 先進の2ペダルMT「NAVi-5」。カタログには「コンピュータ制御のドライビングロボットが、人間に代わってクラッチ操作やギヤチェンジなどのシフトコントロールを、つねにベストタイミングで行います」と謳われている。
 だがしかし、この機構がその後定着せず、消滅してしまったことを思うと・・・その効能には疑問符が付く。
 とはいえ、一度、この「NAVi-5」付のクルマを運転してみたいものだ。現存するクルマは、もう無いかもしれないが・・・


 マクファーソンストラット式のフロントサスペンションにより、「滑らかな走りとキビキビした走りの両立」を実現したという。
 ちなみに、リヤサスペンションは、ISUZU独自の「コンパウンドクランク式独立懸架」だったそうだ。


 C/Cは最上級グレード。5MTと3ATが選べた。
 セダンのボディカラーは6種で、インテリアカラーは3種。
 3ドアは、ボディカラー5種&インテリアカラー2種である。
 なかなか練られた構成の色使いで、これもまたこのクルマの大きな魅力だった。


 NAVi5搭載車は、若干ボディカラー&インテリアカラーが絞られる。
 また、エンジンはガソリンのみで、ディーゼルは選べない。


 C/Cは、ターボディーゼル仕様も選択可能。
 トランスミッションはやはり5MTと3ATだが、ターボディーゼルの3ATはロックアップ付にグレードアップされる。


 T/T及びD/Dは廉価版。シートは凡庸なデザインになり、ボディカラーの選択肢はかなり絞られる。
 それでも、T/Tに「ライトニングイエロー」という派手なカラーをあえて設定するあたりが、いすゞの真骨頂であると言えましょう。


 装備の数々。多彩なポケッテリアが嬉しい。
 マップランプ手前には、オイル交換時点等の走行距離数等を記録しておく「メモリーダイヤル」なる奇特な装備が付いている。

 

 3ドアハッチバックのC/Cには、「スーパーワイドプロテクター」が装着される。ドアのキズ付き防止&2トーン風カラーへのドレスアップという、一石二鳥の装備だ。
 また一応付け加えておくと、テンパースペアタイヤは、当然ながら全車標準装備である。




 そして、多彩なオプションの数々。


 中でも異彩を放っていたのが、この「サウンドプレイボックス」!
 スピーカーとヘッドホーンでそれぞれ別の音楽ソースを楽しめる上に、マイクミキシング(≒つまり、カラオケ)もできるという優れモノ。
 ドライバーのお父さんはAMラジオを聴きたいが、娘はサザンのカセットを聴きたい。そんなシチュエーションで活躍したのだろう。








 この、FFジェミニ。スペック的には際立ったものは何も無く、きわめてオーソドックスな成り立ちのクルマだった。
 だが、やはりそのデザインが、小洒落ていた。
 特に、全長4035mm×全幅1615mm×全高1370mmに過ぎない、ショートなセダンのスタイルが、イイ。
 CM展開も含め、イメージで売ったクルマである。その辺は、2代目プレリュードと共通するものがあったと言えましょう。






 1987年。このジェミニは最初のマイナーチェンジで、私の大好きだったフロントマスクに手をつけてしまい、なんだかツリ目の怒り顔になってしまう。
 この方が幅広でかつノーズが低く見えることからか、一般的には受けたようで、ジェミニのセールスはさらに上向いた。
 だが、私個人としては、初期型の柔和なフロントマスクの方が好きだったなぁ・・・
 なお、上の写真は’89年の2度目のマイチェン後のもので、サイドマーカーの位置がフェンダーに移されている。



 追加グレードの「ZZハンドリング・バイ・ロータス」の存在は、魅力的であった。


 ベレットGTRから継承された、いすゞのスポーツマインドが、そこにあるという。


 この、ブリティッシュグリーンマイカのカラー!英国紳士にも似合いそうだ。


 エボニーブラックの3ドアは、まさしく「ミニ・ピアッツァ」!


 トルーバーブルーも、決して悪くない。


 黒基調の、スポーティなインパネ。本革巻のステアリングは、手のひらの汗を吸収し、それがぬるぬるになるのを防いでくれる。


 そして、お約束のレカロシート。


 NETで135psの1600DOHCエンジンは高回転型で、最高出力を7200rpmで発揮!
 ちなみに同時期のホンダの1600DOHCエンジン(ZC型)は、130ps/6800rpmにすぎない。

 余談だが、その後ホンダは’89年4月に、B16A型VTECエンジン搭載のインテグラをリリース。170ps/7800rpmというとてつもないスペックで、他社を大きく引き離すのであった。
 F1でも、絶好調だった時期ですねぇ・・・(遠い目)。



 そして、LOTUSチューンの、脚回り。
 これについて徳大寺有恒氏は、著書の「間違いだらけのクルマ選び」の中で、「ハンドリングくらい自分でおやんなさい」とクギを刺していたが・・・


 ZZハンドリング・バイ・ロータス。その小さいサイズにもかかわらず、非常にイメージの高いクルマであった。
 現在で言えば、スイフトスポーツあたりが、最も近い立ち位置に居ると言えましょう。










 バブル期の日本車は、本当によりどりみどりで、多種多様なクルマが存在していた。
 ユーノス・ロードスターが登場出来たのも、バブルの恩恵だったと言えよう。
 そして、いすゞというトラックメーカーの産みだす乗用車は、大衆に媚びない孤高のイメージと、独自のセンスの良さを持っていた。
 小学生の頃から「自称クルマ好きだった私」は大学生になって初めて、そのことに気が付いたのだった。
 いすゞが乗用車メーカーとして成り立っていたあの頃。本当に、いい時代だったのだ・・・